長瀞(ながとろ)に行ってみたらいいところだった。

こんにちは!大学生ライターのKOYOです。

お盆休みを利用して埼玉県は秩父郡長瀞町に行ってきました!思ったことそのままお伝えできたらと思います。

1、そもそもどこにあるの??

2、ここにいきました(秩父編)

  ・秩父駅

  ・秩父神社

  ・秩父ハープ橋

3、ここにいきました(長瀞編)

  ・長瀞ラインくだり

 4、まとめ

 

1、どこにあるの??

埼玉県の西部に位置しており電車で新宿からだと2時間ほど。

途中、熊谷で「秩父鉄道」という3両編成の超ローカルな電車に乗り換えます。新緑の山々を眺めながら目的地へとむかいます。

 

2、ここにいきました(秩父編)

秩父駅

到着しました!駅では地元の特産品などもたくさん販売しており、お土産はここで買うことができます。

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秩父神社

続いて、秩父神社に向かいました。徒歩3分ほどの距離にあります。毎年12月に行われる「秩父夜祭」は2016年12月に「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されており伝統のあるお祭りも開催されているようです。

神社仏閣では神様にお願いをするところではなく、「感謝を伝えるところ」だと聞いたので健康を感謝してきました。そのおかげかおみくじではなんと「大吉」。

ありがとうございます、神様!

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秩父ハープ橋

駅から徒歩15分の距離。駅を出ると真向いに大きな橋がひときわ目立つので迷うことはないです。荒川にかかるこの橋はアニメ「あの花」でも登場するそうです。

あいにくの曇り空ですが晴れていたらもっとキレイでしょうし、夜はライトアップもあるみたいですよ!

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3、ここにいきました(長瀞編)

秩父駅から電車で20分の距離にある長瀞駅

駅前には「ラインくだり」の案内所があり、乗り場まで無料のバスが出ているので安心です。ただ人気のスポットのため長蛇の列ができていました。そのため朝一番で乗船することをオススメします!

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長瀞ラインくだり

今回は親鼻橋~岩畳までのAコース(3キロ、15分間)に乗船してきました。

船頭さんの詳しい案内もあり地形の理解も深まりました。

心配されるのは水に濡れないか、だと思います。

急流ポイントが迫ると船内にあるビニールで身体を覆うように言われるので、着替えの準備などしないでいいです。安心してください。

www.chichibu-railway.co.jp

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4、まとめ

長瀞は自然豊かでいいリフレッシュになりました。街のいたるところにチラシが張ってありましたが、8月19日に「ブラタモリ」が長瀞編を放送するそうです。今回行けなかった場所(自然氷でつくったかき氷屋さん)も紹介されているんじゃないでしょうか。

ぜひこちらも観てはどうですか?

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わかりやすい文章を書くには?

「きれいな文章書きたい!」「もっとたくさんの人に共感してもらいたい!」

でも、いざ書いたものを見てみると納得はいかないものです。

じゃあ、何が原因なのか。超絶美人ライターさん(夏生さえりさん)がコツなるものを書いてくれているのでここでも紹介します。

1.アウトラインを先につくる

2.主語述語のねじれはないか?

3.修飾語と被修飾語は近くにおいてあるか?

4.同じ言葉を繰り返していないか?

5.接続詞を入れすぎていないか?

テーマとしてこの5つが紹介されています。

ぼくも意識して文章書いてきたいです。

さて、とくに気になったのは

「3. 修飾語と被修飾語は近くにおいてあるか?」

これって意外とむずかしい。

会話だと修飾語と被修飾語がいくら遠くても伝わるんですよね。でも文章にすると形容詞を多用すると結局なにを指しているのかあいまいになってしまうことがあります。

修飾語とは「いつ、なにが、どのように、どこで」に当たる言葉です。

たとえば

意識高い系の大学生が、平日の昼間からスタバでコーヒーを飲みながらブログを書いているのが苦手です。

「平日の昼間(いつ)」「スタバで(どこで)」「コーヒーを飲みながら(どのように)」「ブログを書いている(なにが・を)」が修飾語。そして「意識高い系の大学生」が被修飾語です。主語は「意識高い系の大学生が」、述語は「苦手です」になります。通じはしますが少し距離があって読みにくいです。

では、こうしたらどうでしょう。

平日の昼間にスタバでコーヒーを飲みながらブログを書いている意識高い系の大学生が苦手です。

 被修飾語を後ろにもってきて、主語と述語をつなげました。文章にすると語順はとても重要なポイントです。

 

さえりさんの記事にはありませんでしたが注意点はもう1つあります。

大きいものから順に説明する

よくニュースのレポーターの方が意識されていることのようです。

いつ(時間)、どこで(場所)、なにをしたのか(行動・内容)の順で説明することで、相手が頭でイメージしやすくなるようです!

 

ぜひ、さえりさんの記事も参考にしてください!

https://liginc.co.jp/life/useful-info/160391

本っておもしろいんだよ

とある新聞の記事。

この読書世論調査によると1カ月に読む本の冊数(漫画・雑誌を除く)は

0冊・・・32.9%

1冊・・・29.6%

2冊・・・20.1%

3~4冊・・・10.4%

5~6冊・・・3.2%

7~9冊・・・1.4%

10冊以上・・・1.8%

わからない、無回答・・・0.6%

 

そして読書は必要かとの質問に

必要・・・61%

どちらかといえば必要・・・30%

9割以上は必要だとの認識はあるみたい。

 

本ばなれの理由

「魅力的な本が減った」・・・5%

ちょおおーーーっと!まってくれぃ!

出版会社に勤めているわけでもないけど、そんなこともないよ。

たまたま手に取った本が満足できなかったからかもしれない。

でも、こんなにも想像をかき立てられてワクワクできる娯楽はないんじゃないかな。

少なくともぼくはそう思ってる。

読書がイイ効果がある、なんて語られたおしてるから言わないけど、物語の奥ぶかさをどうにかわかってほしい。

書評なんてのも書いてみようかと思った。

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太陽

固く閉じた殻に光が射した。

すべてを包みこんでくれる気分になったのはいつぶりだろう。

まぶしい。

暗闇にいたからちゃんと見られないよ。

きみの太陽のような笑顔。

 

ぼくには似合わないのかな。

羽田圭介の講演から学んだこと

先日京都市の大学で開催された羽田圭介氏の講演に参加してきました。

羽田さんの作品は芥川賞作品の「スクラップ・アンド・ビルド」をはじめ、自身2作目であり、性への関心が旺盛な高校生の日常を描いた「不思議の国の男子」(同じ男子として共感しました)、「成功者Kのペニスオークション」も読了しているところです。

以下にWikipediaリンク貼っときます。

羽田圭介 - Wikipedia

 

”思考を発酵させるための蓄積”

と題して約2時間の講演だった。

お話された2点についてまとめていきたい。

 

  1. 画一化されてきた現代
  2. 差異を手に入れて生きろ

 

1.画一化されてきた現代

まず羽田さんは多様性がなくなってきた社会に警鐘を鳴らしている。

それは誰しもが「失敗を過度に恐れている」ことである。

そのたとえ話としてまずは「本の感想」を例に出して説明された。

文芸誌などで著書の批評を数多の作家からうけるなかで、少し角度の違ったその作家らしい独特な表現・言葉で評価してくれたことがあったようだ。

するとこの意表を突いた批評が世間に広まり、その捉え方が善であるかのように以降はその作家と同じ批評がたくさん寄せられ、プロの作家ですら同じ言葉を使って批評する事態になったそう。

ここに危機感を抱いた。

作品のとらえ方なんでひとそれぞれでいい。最近では芸術作品の感想を検索している人もいる。間違っててもいいんです。自分の中で発酵させることが大切。それに人の意見が正しいとも限りません。

読んだ時期や生まれ育った環境背景にも異なってくるはず。

それが普通であるにもかかわらず、感じ方にあたかも正解があるかのようにみんな一緒の答えをだすのだ。

 

 さらにそれが「何を幸せと思うか」まで発展しているという。

既に提示された幸せのモデルに沿える人しかいない。

結婚して子供にも恵まれた家庭を築くことが幸せだと認識がある。

書店でも「必ず幸せになれる○○な方法」や「成功するための○○の方法」などのタイトルをよく目にする。

 

これの何が問題なのかというと

失敗を恐れるがあまり「正解」とする価値観が画一化・絶対的正義だと認識が広まることでそれに沿えない人は淘汰されてしまうことだ。

すると人間同士不寛容になり社会も閉塞感を抱くことに陥る恐れがある。

 つまり多様性が認められない社会になってしまう。

 

そのためにも

自分が間違っているかもしれないと不安を持っていないといけない。

これにより自分の価値観にないモノを受け入れることができるという。

結局は自分の見たいようにしか世界を見ていないのだ。

その凝り固まった認識のフレームを外す作業が現代人に足りていない。

 

考えさせられた。たしかにレビューが高いから間違いない、なんて思いがちであった。そこには何の根拠もないし、どうやって評価しているのかも知らないけれど、多数派が正義って思うところはあった。

反省しなくちゃ。

 

 

2.差異を手に入れて生きろ

差異、つまり「違い」である。

これからの時代についてこう語る。

自分にしかできないことをできるようにならないといけない。

 AIの誕生を背景に人間の替わりに何でも動いてくれる時代になる。

そのなかでどうやって生きていくのか。

それが差異である。

自身がテレビでも仕事がくる理由としてこう分析している。

芥川賞作家

②NGがないタレント

この2つをあげていた。

考えてみれば文学賞をとった専業作家で、テレビで活動的に出演される人はいない。

そしてどんな企画でも断らないことにしているそうだ。

この掛け合わせによって羽田さんにしか成しえない独自の差異が誕生したのだ。

この差異を生み出すにはどうしたらいいのか。

どんなに小さくてもいいから得意分野を増やすこと。

たとえば電車移動の間なんかのスキマ時間に何か差異を生み出すためにやってみる。これが数十年と経つと大きなものになる、と勧める。

この蓄積が独自に発酵し、他のとの差別化がうまれ、器用に生きられると語る。

  

ぼくの場合は「何と何」が掛け合わせて差異を生み出せるのか楽しみだ。

いい2時間を過ごせた。羽田さんありがとうございました。

1年記念日

1年記念日。
真剣に向き合おうと決めたあの日。
本当はいつまで続くかわからなかった。
あなたは飽きっぽい性格だから。
くだらないことで笑いあったことも、
踊りたくなるくらい嬉しかったことも、
何も考えられないくて辛いこともあったね。
でも、ここまで綴ってこられたことは奇跡だよ。
これからも更新していこうね。

 


日記のおはなし。

三島由紀夫「金閣寺」

「古典が読みたい!」

ふとそんな気分になった、夜行バスで帰京後の早朝。

帰宅したのちに本棚をあらためて確認。

長年居座り続け、出番を今か今かとまちわびていたであろう

三島由紀夫金閣寺

を読むことに。

ページをめくり終えると、もっとはやく日の目を浴びせればよかったなと後悔している。。。

 

三島に圧倒的に優れている要素は「美意識感覚」ですよね。

特に感心したのは「時間」の軸を美に取り入れたことです。

 

どうも金閣寺は美しく感じない。

でも、音楽とともに見る金閣寺は美しいと感じる。

 

違いをつきつめると、それは「時間」だったんです。

音楽は

未来⇒現在⇒過去⇒終わり

の時間の流れが完成しています。

まだ聞こえていない音。

今聞こえいる音。

もう聞こえた音、の連続が音楽です。

そして、いつか演奏は終わります。

 

一方で金閣寺

過去⇒現在⇒未来

という時間の流れ。

つまり安定した時間の中で永久的に存在し続けるんです。

 

そこで気がつく。

金閣寺を焼かねば

永遠の安定に終わりを告げなければ美しくならないと感じたわけです。

 

実際に燃やすその前に最後の姿を見て。

これが金閣寺の本当の美しさか。

いまにも燃えてなくなる金閣寺を見た時にはじめて「美しい」と感じたわけです。

 

これまで感覚的に美を感じたことはあります。

でも、その理由なんて考えたことありません。

それが「終わり」があるかどうか、だったんですね。

たしかに現実世界において、そこにあって当然なモノには誰も見向きはしないですよね。だっていつでも見ようと思えば見れるわけですし。

でもそれが期間限定であったりしたらどうでしょう。

こぞって写真に撮りますよね。

たとえば旅行なんてのもそうでしょう。

旅の日数が決まっているからこそ気分が上がるし、旅先で見た風景なんか一生の思い出になります。

 

つまり

今を大切に生きようよ、ってことじゃないかと思います。

人間誰だって死は訪れます。

もちろん存在しているだけで美しいのです。

そのなかで、いかにより美しく生きるか。

何か変えられるのは今、しかありません。

今の連続が未来へつながるのです。

 

「いつかこうなりたい」なんて漠然と想像していまいがちでしたが、それは叶わないことでしょう。なぜなら今、何も行動を起こしていないからです。

今、を一生懸命生き続ければきっと美しい人生になると信じることにしました。

 

ぜひ、一読してみてください!